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JAL123便墜落事故(1/9) 2002年11月7日更新 ホーム ≫JAL123便墜落事故

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JAL123便墜落事故について

    JAL123便墜落事故の秘密

    1985年8月12日に起きた日本航空JAL123便18:00発の羽田発伊丹行きのジャンボ機の御巣鷹山墜落事故の記憶を、辿ってみたい。 更迭された田中真紀子元外相と外務省とのやりとりを見ると、 日本の役所はなぜか秘密が多い。 この事故もきっと隠された秘密があるに違いない。

    早稲田出版の「疑惑−JAL123便墜落事故」(角田四郎著)や インターネットの情報(「 日本航空123便事故御巣鷹山悲劇の真相」など)をもとに、 墜落したジャンボ機(ボーイング747SR-110型 JAL8119号機)の 墜落原因を追求して見たい。 日本には、担当の大臣さえ知らされない秘密が一杯あるのだ。

    今まで、「疑惑−JAL123便墜落事故」の内容は、 単なる可能性程度にしか考えていなかったが、 2002年1月31日の田中真紀子元外相の更迭事件を見ると、 日本の役所は外にどころか大臣にさえ報告しない秘密が多いことを知り、 この本の内容をもう一度、精査してみる必要があると感じたのである。

    あの日、死んだ坂本九ちゃんのために。。

    墜落までの交信記録です。 (4.824Mbyte MP3データ)本物かどうかは不明

JAL123便墜落事故〜もくじ〜

  1. JAL123便 飛行経路略図(1985年8月12日)
  2. JAL123便 CVR全内容(1985年8月12日)
  3. 試運転中の未納入自衛艦「まつゆき」の存在
  4. 伊丹空港でのしりもち事故(1978年6月2日)
  5. JAL123便 墜落時の状況(1985年8月12日)
  6. JAL123便 墜落の直接原因(1985年8月12日)
  7. JAL123便 後部圧力隔壁の破壊(1985年8月12日)
  8. JAL123便 墜落の原因(1985年8月12日)

あの日のこと(1985/8/12)

    あの日は暑かった

    あの日は、会社が夏休みで、箱根の「くらかけ(鞍掛)ゴルフ場」へ行っていた。 どんなゴルフの内容だったかは覚えていないが、 当時はゴルフを始めた直後だったから、内容はひどいものだっだろう。

    プレーが終わって、風呂に入り、車で箱根新道を下っている時に ラジオで「大阪行きの日本航空のジャンボ機が行方不明」という ニュースを聞いた。 事故は、ゴルフ場で風呂に入っていたころに起きたのかも知れない。

    あの日は、暑い日だったらしいが、「くらかけゴルフ場」は、 標高900m位のところにあり、プレー中は涼しかったのだろう。 しかし、車で箱根新道を下って小田原まで来ると、夕方でもムッとする暑さだった。

    「坂本九ちゃんが乗っていたんだ!」

    あのジャンボ機には、「坂本九ちゃんが乗っていたんだ!」というのが最初の印象だった感じがする。「《上を向いて歩こう》で有名な坂本九ちゃんが行方不明とは!!」 「なんで安全なジャンボ機なのに行方不明になることがあるのか!!」と思った気がする。

事故は突然起きたのか

    7年前の伊丹空港でのしりもち事故

    あのジャンボ機は、7年前に伊丹空港でしりもち事故を起こしていた、 いわく付きの事故機であった。 そんなボロ機は、7年間も普通の飛行機と同じように使われていた。

    しかも、しりもち事故によるキズの修理は、キズ口がキチンと塞がれていなかったという、 ひどいもので素人のプラモデルの修理のような状態であった。

    そんな事故機であれば、通常の感覚なら素人的に見てもとても心配だから、 事故部分については通常以上の点検をしてもいいと思われるが、 7年間も平気で使いつづけていたというのであるから驚きだ。

    メーカも「キズ口をキチンと塞いでいなかった」という 手術に失敗したような後ろめたさがあった筈だ。 しかし、7年間もの間、この事故機について何の対策も取らなかった。

    今でもこのような事故機が平気で使われているとしたら、 いくらジャンボ機自体は、安全な機体だとしても、 キズ物じゃ全く安全ではないのだ。 ヒビの入ったヘルメットを被っているようなものだ。

    3年前の千歳空港でのエンジン接触事故

    昭和57年(1982年)の千歳飛行場で、 この飛行機(ボーイング式747SR-100型JA8119号機)は、 「エンジン接触事故(エンジンを滑走路に接触)」を起こしている。

    2度も大きな事故を起こせば、もうボロボロで何が起きても不思議がない。 いい加減、この事故機を廃棄すべきだったと思えるのだが、 墜落まで平気で使用され続けてきた。 今のご時世なら、一斉にマスコミから責任追及の火の手が上がっただろう。

少なくとも墜落1週間前から異常があった

    墜落1週間前のJAL123便の同機に乗った乗客の証言

    墜落の1週間くらい前のJAL123便の同機の後部座席に乗った人の話によると、 その時に既に垂直尾翼の破損が原因と思われる 「機体後部で異常なゆさゆさ振動があった」という。

    乗客にも異常が認識できたくらいだから、この垂直尾翼に関する異常は、 1985年8月12日の約1週間前のJAL123便の乗務員も、多分、既に知っていたと思われる。 「何かおかしい」と知っていたけれども、事故に繋がるとは想像できなかっただけだ。 なにせ難しい米国製の機械だから。。。

    胴体が折れるのではと思う程の異常振動があった

    墜落の1週間前のJAL123便の後部座席に乗った人の話は、以下のとおりである。

    「タバコの煙が後ろに水平に引かれスースーと空気が後ろに流れたのです。 それとやたら揺れたと言うか同期した振動がありました。ゆさゆさと言う感じでし た。」

    「籠には乗ったことは無いですが、多分そのような変な揺れ方だった記憶しています。 胴体が折れるのではと思ったくらいです。 ジャンボは良く揺れるねと誰かが言ってました。 」

    「機内はかなり寒かったです。」

    この証言から、この時、すでに圧力隔壁からの空気の漏れがあったことと、 それが原因による垂直尾翼の疲労破壊がかなり進んでいることを 示していると考えられる。

    垂直尾翼の異常は少なくとも1週間前からあった

    もちろん、機内の乗客には、垂直尾翼は見えないから、 異常な振動が垂直尾翼が原因なのかどうかは判らないが、 圧力隔壁の空気の漏れだけでは、異常な振動は起きない筈である。

    従って、この異常な振動は、垂直尾翼の疲労破壊が進んで、 こわれる一歩手前の状態であったことを示していたと考えられる。 垂直尾翼の疲労破壊による墜落の兆候は、 少なくとも1週間前からあった!のである。

回避された責任問題

    後部圧力隔壁ではなく垂直尾翼が疲労破壊した

    運輸省事故調査委員会が事故原因とした後部圧力隔壁破壊説とは、 JAL123便は大阪でのしりもち事故の際に不適切な隔壁修理が行われ、 後部圧力隔壁が金属疲労をおこして、1985年8月12日になってついに破損し、 破損個所から機内の気圧が垂直尾翼と油圧を破壊したというものであった。

    しかし、色々な証言から客室での急減圧は発生していなかったと見られているので、 この後部圧力隔壁破壊説は破綻している。 後部圧力隔壁は、1985年8月12日になって急に破損したのではなく、 以前から後部圧力隔壁には穴が空いていて機内の空気が垂直尾翼側に漏れており、 その結果、内部からの圧力に弱い垂直尾翼が少しづつやられ、 1985年8月12日になって相模湾上空でついに疲労破壊したのである。

    坂本九ちゃん、ごめんね。こんな危ないオンボロ飛行機に乗せちゃって。 過去に大事故が2度もあったオンボロ・ジャンボ機だったのに、 誰もオンボロさに気付かなかったんだよ。 いや気付いた人も知らん顔していたんだよねえ、 2度あることは、3度あるというのにねえ。

    なぜ垂直尾翼の疲労破壊を否定するのか

    内部からの圧力にやられている垂直尾翼は、外から点検すれば異常が見えた筈である。 垂直尾翼が疲労破壊したとなると、これは整備不良になる。 これはヤバイと日本航空や運輸省は、垂直尾翼ではなく「後部圧力隔壁が 疲労破壊した」ということにしたのである。

    後部圧力隔壁は、外から見えないので、疲労破壊したとしても整備不良とは言いにくい。 どうせ、難しい米国製の機械だから、誰も分かりゃせんだろと 頭がいい当時の日本航空や運輸省は、考えた訳だ。 ボーイング社にして見れば、どっちの疲労破壊であろうと後部圧力隔壁の修理ミスは、 どうせ隠せない訳だし、垂直尾翼の疲労破壊だとすると新たな問題を抱えることになる。 かくして、当時の日本航空や運輸省、ボーイング社の利害関係は一致した。

    JAL123便の垂直尾翼が疲労破壊したのかどうかは、 相模湾に沈んでいるJAL123便の垂直尾翼を捜索して調べれば分かることであるが、 当時の運輸省は、この捜索を頑なに拒否したのである。 本当の原因がバレちゃうもんね。その後も、延々と続くいわゆる隠蔽体質というやつだ。

    回避された責任問題

    この事故は、起きるべくして起きた人災と言えるが、 責任問題なんて話は、聞いたことがない。 それもその筈、責任問題を回避できるような結論を出すのが、 事故調査委員会の役目だった訳だ。

    乗客から見れば、どうせ水掛け論に終わる「事故調査」より、 「責任調査」の方をしっかりやって欲しいものである。 この方が、人災である事故を防ぐためには、 はるかに有効である。

    米国製の機械だからわかんない?

    要は、高度な(難しい)米国製の機械だから「よくわかんない」というのが、 真相ではなかろうか。 安全面でもボーイング社におんぶにだっこだった訳だ。

    新幹線のような日本の機械だったら、こんな「よくわかんない」というのはあり得ない。 小さな事故でも徹底的に調べる筈である。そして、すぐ対策をとる。 日本の新幹線で大きな事故がないのも、日本独自の技術だから、 皆な安全問題に真剣に取り組むからではないか。

    機械は外国製でも、安全は自分で考えねばのう。。。

以上


伊丹行きのJAL機(123便ではない)


羽田空港を見下ろす(あの日とは違う)


旋回して三浦半島へ向かう(あの日とは違う)


川崎の工業地帯を下に見る(あの日とは違う)

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