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ベン・ホーガン 2004年2月21日更新 ホームゴルフ談義 ≫ベン・ホーガン

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ベン・ホーガン

    もくじ

    1. ベン・ホーガンのこと(このページ)
    2. ワッグルの重要性
    3. バックスイング
    4. ダウンスイング
    5. アドレス
    6. 体の連鎖の動き
    7. 左手首の外転問題

    ベン・ホーガンと「モダン・ゴルフ」

    ベン・ホーガンといえば、近代ゴルフ理論の原点になった「モダン・ゴルフ」だ。

    ゴルフ理論に興味のあるゴルファーは、一度は「モダン・ゴルフ」を語る必要があるだろう。

    ここでは、時間と手間がかかるが、原著「Five Lessons The Modern Fundamentals of Golf」でベン・ホーガンの真髄を味わって見たい。

    ゴルフでは、スイングの知識が重要

    この原著の97ページでベン・ホーガンは、以下のように述べている。

    The average golfer's problem is not so much a lack of ability as it is a lack of knowing what he should do.

    止まっているボールを打つゴルフでは、動くボールを追う運動神経はあまり必要でない。 それより、自分のスイングをどうやるかという想像力(イメージ)が重要だという。 つまり、自分の頭の中にスイングの設計図を書く必要があるのだ。 その時、スイングの知識がないと設計図が書けない訳だ。

    自分の頭の中にスイングの設計図を書けない人は、ヘボだということになる。 上手になろうと思ったら、スイングの知識を覚えないといけないらしい。 スイングの知識があって、初めてスイングの設計図が書ける訳だ。

    スイング知識なくして練習するなかれ

    つまりベン・ホーガンは、スイング知識なくして練習するなかれと言っている。 実際にボールを打つ練習より、スイングのイメージを作る素振りの方が有効だということだ。

    練習場の経営者には申し訳ないが、1個のボールを打つ時には、 10回くらいの素振りをやると効果があるという訳だ。 どんな素振りをやるかは、スイング理論を学ぶしかない。

    まあ、ベン・ホーガンの文章はなかなか難しくて、 昔の翻訳本も難解でチンプンカンプンみたいだったそうだが・・・ まあ、慌てずゆっくりとゆこうぜ。

    関連リンク

ベン・ホーガンのこと

    ゴルフの歴史の中で一番練習したゴルファー

    長いゴルフの歴史の中で、一番練習したゴルファーは誰かと言えば、 満場一致でベン・ホーガンが選ばれるという。

    そしてその超人的な練習量に裏付けられた正確無比なスィングと、 信じられないような集中力は人間離れしていたと言われている。

    ゴルフのことしか頭に無く、相当の変人とされていたそうだ。 そして、著書「モダン・ゴルフ」は、近代ゴルフ理論の原点になっている。

    ベン・ホーガンのメジャータイトルは、以下のようになっている。

    • 全米オープン='48年・'50年・'51年・'53年
    • 全英オープン='53年
    • 全米プロ='46年・'48年
    • マスターズ='51年・'53年

    1912年にテキサス州で生まれる

    1912年8月13日、テキサス州ダブリンで鉄工場で働く職人の次男に生まれたベンジャミン・ウィリアム・ホーガン。9歳の時に父が自殺してから、一家全員が働きに出る破目になる。 11歳で近くのゴルフ場のキャディに雇われ、やがてゴルフを覚える。

    1931年、ホーガンは貧しいながら、プロ・ツアーに出る決心をする。 注目され出したのはグリーンスボロ・オープンなど年間4勝をあげた1940年。 28歳になっていた。

    40歳から3年間でホーガンは15勝。終戦直後の46年、ホーガンはただちにツアーに復帰し、なんと年間13勝もあげたが「ホーガンが18ホールのプレー中に、一緒にまわるプロにいう言葉は、グリーンの上で“君のほうが遠い”だけだ」といわれるほど口数が少なかったという。

    1949年の交通事故

    戦争のブランクから立ち直り、快進撃を始めた1949年。2月のロサンゼルス11位、B・クロスビー優勝、フェニックスで2位のあと、妻のバレリーと車でフォートワークスに帰る途中、バスと正面衝突。数ヵ所の骨折などで一命はとりとめたが再起不能と診断された。

    しかし、ホーガンのゴルフへの執念は、見事にそのハンディキャップをはね返し、 その秋のライダー・カップに米国の主将として、足を引きずりながら戦い、翌年の全米オープンはL・マングラムらとプレー・オフの末優勝した。

    また、51、53年にはマスターズにも勝ち、この53年は6月の全米オープン、7月の全英オープンも勝ち、年間グランドスラムの期待が持たれたが、マッチの嫌いなホーガンは、全英オープンと日程が接近し過ぎていると、全米プロを欠場してしまった。

    54歳で、マスターズでベスト・ラウンドを記録するなど、 ベン・ホーガンの不屈の精神力は、 まさにプロゴルファーの鏡である。

以上


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